もう少し言わせて
しっかりと素材の味を引き出し、感じて頂くこと。
その為の美味しいソース、そして、重いという事ではなく、満足を感じて頂けるだけのボリューム。
日頃、私はこんな事を念頭に置き、フランス料理の伝統を強く意識しながら、現代に合った料理を作ろうと、広いキッチンの中で試行錯誤を繰り返しています。
そんな私の料理は、見た目がとてもクラシックです。
しかし、都会の料理事情が余りに変わったせいでしょうか、お客様、特にやや若い方が「ここの料理は新しいスタイルですね」とおっしゃる事が多くなりました。
また、ご年配の方々からは「久しぶり」とか「安心できる料理だ」などとお褒め頂く事もございます。
勿論、時代と共に料理に求められるものは変わって行くのが当たり前ですし、私も常に必要な変化を心がけてもいます。
でもそれは、ソースの濃度をつける為のバターや生クリームを多く使う代わりに、大量の野菜を駆使して効果を出すことで、体に優しい仕上がりを目指したり、美味しく召し上がって頂く為に、当たり前ですが、的確な火通しを心がけるなどなど、決して基本線から外れる事はありません。
東京の中心部に店を持ち、忙しく活動していた私は、いつからかゆったりとした状態で料理を作りたいという思いを強く持つ様になりました。
出来る限り多くのお客様を迎え入れ、大量の仕事を効率良く消化していく毎日、ビジネスとして結果は出せていても、自分の中ではどこか納得がゆかず、その上ハードワークの日々が続く中で、心と身体の健康までも損ねる事になりました。
料理人本来の存在理由や幸福感はどこにあるのだろう、高いレベルの料理とは、人が時間を充分にかけた手仕事によるもので、いわば能率の悪い省略出来ない作業が一番大事な要素になっているはず、という当たり前の事にやっと気づいた私は、東京を出て、軽井沢の奥まったところに造ってあったこの家に落ち着く事にしました。
ここなら時代がどう変わろうと、料理の流行がどうであろうと、自分自身、納得のいく事を追いかけられると思ったからです。
外観を意識した訳でもない普通の家がレストランになっていますので、けっして豪華な造りではありませんが、落ち着いて料理を楽しんで頂く事を何よりも大切に考えたつもりです。
器なんかも流行の形ではなく、基本的にはオーソドックスなものを使っています。
伝統的フランス料理を大事にしたいという事もありますが、長年続いてきた食器の形には、それが使い易いという根拠があると思うからです。
当然盛り付けも自然な色調と合理性、つまり魚や肉などの素材と付け合せ、そしてソース、それらの組み合わせや味のバランスを気にかけて居ります。
熱いものは熱く、冷たいものは冷たく、ティエード(ぬるい温度)が最適ならばそのように、という様な事も大切です。
ですから、美味しそうな盛り付けや仕上げ方には気を配りますが、凝った盛り付けなどそれ以上の事に時間を使うのは、料理の味にとってむしろマイナスだと考えて居ります。
また、塩分は少なめでも味の厚みや力強さは絶対的に大切な要素ですから、素材のエキス分や、目には見えないけれど大量に使う野菜、木の子、ワイン等の旨味と風味、それらを使い分けたり、時には総動員したりして味を作りあげて居ります。
四六時中そんな事が頭から離れる事はありません。
また、料理人は芸術家やタレント、芸能人のような立場ではなく、どちらかと言えば裏方的な存在ではないかと思って居りますから、むやみに客席に出たり致しません。
私自身、確かに話が下手で不器用な人間ではありますが、決して無愛想というつもりではありませんので、どうかお許し下さい。
キッチンの中での事ですが、デザートや飲み物以外、料理に関しては私一人で作って居り、そしてそれは私の強いこだわりでもあります。
良くも悪くも、全て納得づくでいたいからです。
メニューが無く、一般的ではない営業スタイルや立地のせいか、趣味や道楽のように言われる事も多いですし、実際、一般のレストランに比べれば、とても少ないお客様しかおもてなしが出来ておりません。
私どものレストランには、大小3つのダイニングルームがございますが、ご予約内容によりお客様のテーブルの独立性を大切に、その上で私自身が良い状態で仕事を出来る人数で収まるようにと心がけて居ります。
例えば、7~8名様のご予約だとすれば、一番大きな部屋をご利用頂き、そのお客様の料理に専念したいからと他の部屋は使いません。
また、少人数であれば、それに合わせた部屋の使い分けを考えますので、同じ部屋に別のお客様がいらっしゃるなどという事は有り得ません。
都会では出来ないと思ったやり方で、この場所なら出来るかもしれない。
手間をかけ時間を充分に使い、目に見えない材料を惜しまず、良き時代のフランスでの暮らしの中で身に着けた、例えば見た目が地味でも、じわじわと美味しさが湧き出てくる様なそんな豊かな料理を作りたい、そんな日常を得られるのなら、それ以上の事は無いと思っています。
有難い事に、その様な我儘をご理解下さるお客様方にしっかり支えられて毎日を過ごす事が出来て居ります。
何より、一番好きな事である料理以外の何事にも関わらずに暮らしていられるというのは、本当に幸せであると実感しています。
季節には山に入り、天然自然の恵みも取り入れさせてもらっていますし、今では野菜なども、私をご理解下さる生産者の方のご協力で色々助かって居ります。
都会で生まれ、長く都会で暮らし、活動してきた私ですが、そこへはもう戻りたくありません。
今が100パーセントなんてなかなか、そしてまだまだ言えるものではありませんが、このやり方にこだわってずっと料理を作っていたいと思っています。